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奈良地方裁判所 昭和22年(ワ)20号 判決

原告 東井家吉

被告 中村富三郎 外一名

一、主  文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

二、事  実

原告訴訟代理人は、被告両名は連帶して原告に対し白ボール紙七十三束(但し一束に付五十六封度結束)を引渡しせよ。若し右物件を引渡すことが出來ないときは金九万九千四百二十円を支拂いせよ。訴訟費用は被告の連帶負担とする。との判決並びに担保を條件とする仮執行の判決を求め、その請求の原因として、原告並びに被告両名及び訴外野崎楢雄はいずれも從前より紙器の製造販賣を業として來た者であるが、戰時における所謂政府の要綱統制に依る紙器製造販賣業者の整理統合が実施せられるのを見越し、原被告等四名の右各営業を合同し各自現物出資等をして單一の会社組織にするため、昭和十九年六月十日紙器製造並びに之れに附帶する一切の業務を目的とし資本総額一万円を以て有限会社東亞紙器工業所を設立登記し、本店事務所を奈良市元興寺町三十九番地原告方に設置し、原告がその代表取締役、被告中村富三郎訴外野崎が取締役、被告太田垣徳次郎が監査役に就任し、爾來原告が右会社の業務を執行して來たのである。然るに昭和二十年七月企業整備実施の結果業者に原料資材の割当配給をする奈良縣紙器統制組合では、整理基準により当然廃業を余儀なくされる被告中村富三郎及び訴外野崎が営業に加わり且つ其の各実績を配給基準に合算することは他の業者に不利益を及ぼすことの理由から、原被告等の前記企業合同を認容し難いとし右会社の組合加入に難色があつたので、会社への資材の配給は残存業者であつて右会社代表取締役である原告がこれを受けることとなつたから、原告が個人で組合より受配した資材を改めて監査役の承認を得て右会社へ提供することにしたのである。そこで昭和二十一年十一月十八日右統制組合より原告に白ボール紙一束につき五十六封度結束七十三束を配給されたので、原告は右組合の公定價格一束につき金百五十円替合計代金一万九百五十円及びこれに附帶する組合賦課金三百三十円三銭合計一万千二百八十円三銭の内金六千三百円を支拂つて右品物を引取り原告店舗に保管し、右会社へ提供する以前原告個人の所有に属するとき同年十二月三日被告両名は数人の人夫を伴い突然原告の店舗に來て右白ボール紙全部を原告の制止を排して奪取し、原告方より被告太田垣徳次郎方に運び去り被告両名の占有に移したのである。よつて茲に所有権に基いて被告両名に対し連帶して右白ボール紙七十三束の引渡並びに引渡不能の場合昭和二十四年九月十二日当時における元賣業者價格一封度につき金二十四円三十二銭替一束五十六封度結束金千三百六十一円九十二銭の割合により算定した七十三束の價格金九万九千四百二十円を損害賠償として連帶支拂を求める。仮りに右白ボール紙が前記統制組合から原告個人に配給されたものでなく右会社に配給せられ、從つて同会社の所有に帰属したものとしても原告が定款の定めるところに從い、理事者として会社のため右品物を引取り保管していたところ、被告両名が同年十二月三日私力を以て奪取し荷牛車に積込み被告太田垣徳次郎方に運去り原告の右占有を侵奪したのであるから、第二次的に右物件の占有権に基いて被告両名に対し連帶して右物件の返還並びに右物件返還不能のとき予めこれに代わる右損害金の連帶支拂を求めると陳述し、被告等の答弁に対し原告が訴外有限会社東亞紙器工業所の代表取締役を辞任したことを否認する。もと右会社の社員間に軋轢内訌があつて臨時社員総会が弁護士訴外禪野佐助事務所において昭和二十一年十一月十九日から同月二十五日に亘つて開かれ、総社員出席の上会社の営業継続の可否等につき協議したが調はず二十三日の役員改選にも難色があつて結局二十五日に再協議することになり、同日原告から会社の解散を提議したが被告両名は原告及び訴外野崎を会社から追出すため詭計を以て原告及び訴外野崎の憤怒に乘じ、自由の意思決定をする余裕を與えないで即座に会社脱退の決議文様の書面に原告と訴外野崎の署名拇印を徴したが固より原告等の眞意に出でたものではない。しかも有限会社法には社員の退社脱退を認める規定がないから、たとい総社員の同意を以てするも不可能であつて被告等の策した原告及び訴外野崎楢雄の会社脱退は法律上無効であり、又役員の改選も本店の移轉も結局決議を経なかつたのであるから其の各登記も無効であり、原告は依然として代表取締役の地位を有するものであると述べた。<立証省略>

被告両名訴訟代理人は、訴訟上の抗弁として原告が当初被告両名が原告主張の白ボール紙七十三束を不法に侵奪したことを理由として、原告個人の所有権に基いて被告両名に対し、右物件の引渡並びに引渡不能の場合の損害賠償を請求しながら其の後において請求の原因を変更し、原告が訴外有限会社東亞紙器工業所の代表取締役として右会社所有の右物件を占有保管するところ、右会社社員である被告両名が原告の業務執行を妨害し暴力を以て右物件を侵奪したことを理由として、占有権に基いて右物件の返還並びに損害賠償を求める旨主張することは、著しく訴訟手続を遅滞させるものであるから新訴は却下さるべき旨異議を述べ、本案につき主文同旨の判決を求め、答弁として、原告主張事実中原告主張の日時いづれも紙器製造販賣業を経営する原被告三名及び訴外野崎楢雄が合同して原告主張の有限会社東亞紙器工業所を設立し、原告が代表取締役、被告中村富三郎及び訴外野崎楢雄が取締役、被告太田垣徳次郎が監査役に夫々就任した事実、原告主張の日時被告両名が右会社の本店である原告自宅より原告主張の白ボール紙七十三束の内六十八束を被告太田垣徳次郎方に運搬した事実は認めるけれども他は総て之を爭う。原告及び訴外野崎は各自の営業を合同し右会社創立と同時にいづれも從前の営業を廃し奈良縣紙器統制組合に脱退の届出を了したのである。昭和十九年七月政府の右企業整備要綱が発表されたとき原告も亦整備基準以下の業績者として本來個人営業の継続が不可能で他に統合さるべき運命にあつたところ、幸い右会社が社員四名の実績を合せて右基準以上に達したので他の残存業者の一部に右会社の右組合加入に反対するものがあつたけれども、若干の紛糾を経て右組合が会社の加入を承認し右会社が他の一般組合員と同様直接右組合より原料資材の配給を受けることになつたのである。本件係爭白ボール紙は昭和二十一年十一月中頃右組合が右会社に配給し原告は右会社の代表者としてこれを受取り保管したことはあるも固より右会社の所有に属し原告個人として何等の権利を有するものでない。元來原告は代表取締役として善良な管理者の注意義務を以て会社の業務を執行すべきであるのに創業以來一回の定時総会も招集せず、昭和二十一年十一月に至るまで会社の総利益金一万三千円並びに時價金六万四千二十五円の板紙其の他の資材を横領して会社に金七万七千二十五円の損害を加え、なお会社に対し金四千八百八十七円の立替拂債権を主張するので同月二十三日臨時社員総会を開催し総社員の一致を以て被告中村を代表取締役に、被告太田垣を会計事務担当者に選任し、且つ会社の本店を奈良市奈良坂町二千三百二十二番地の被告中村方に移轉する旨決議した。しかるに同月二十五日原告は訴外野崎と申合せの上臨時社員総会を招集し総社員出席の席上会社の解散を要求したが、被告両名が同意しなかつたので退社を申出で訴外野崎も同様の申入をし、ここに総社員一致して原告と訴外野崎が退社して被告両名が会社の経営を継続することを決議し、即日原告が会社の業務引継として会社所有に係る本件白ボール紙其の他一切の原材料を新に代表取締役に就任した被告中村に引渡すことを承諾した。よつて被告両名が同年十二月三日原告住所において原告より任意右会社が前記組合より配給を受けた白ボール紙七十三束の内六十八束の引渡を受けたのである。從つて本件係爭物件が原告個人の所有でないことは勿論原告が代表取締役の地位を退いたのであるから原告の本訴請求はいづれも失当であると陳述した。<立証省略>

三、理  由

先ず訴の変更異議の当否につき判断するに、原告は当初原告が訴外奈良縣紙器統制組合の組合員たる個人の資格において同組合より割当配給を受け代金の一部を支拂つて引渡を受けた白ボール紙一束五十六封度結束七十三束を被告両名が昭和二十一年十二月三日不法に侵奪したことを理由として、所有権に基いて被告両名に対し右物件の引渡並びに引渡不能の場合における損害賠償を請求する旨主張しながら、昭和二十三年十月十二日の口頭弁論期日において仮りに右物件が原告個人として右組合より配給を受けたものでなく、訴外有限会社東亞紙器工業所に割当られ原告が代金立替拂して引取つたものとしても、原告は右会社の代表取締役として定款の定めるところに從い右物件を占有保管するところ被告両名が私力を以て不法に占有を侵害したのであるから、占有権に基いて被告両名に対し前同様該物件の引渡並びに損害賠償を請求する旨申立て、順次的に請求原因を追加変更し新訴を本訴に併合して提起したことは記録上明かであるけれども、右新訴が本訴と同様原告が代金の一部を支拂つて前記組合よりの配給品として右白ボール紙七十三束の引渡を受け占有中被告両名が私力を以て不法に侵奪したという基礎的事実関係に立脚して別異の権利関係を主張するもので、其の各請求の原因たる基礎に前後変更がなく、且つ被告が本訴の防禦方法として原告が役員改選の社員総会の決議により代表取締役の地位を失つた旨主張し、且つ立証したことに索連して原告が請求原因を変更追加したことが弁論の全趣旨に依り知ることができるから、これがため必ずしも特に著しく訴訟手続を遅延させるものとは認め難く、結局原告の右請求原因の変更は許さるべきが相当で被告の右異議は理由がない。

本案につき原告及び被告両名がいづれも紙器製造販賣業者であるところ戰時中政府の企業整理統合の方針に順應して同業者訴外野崎楢雄を語い、右四名が各自の営業を合同し現物出資して紙器製造並びに之れに附帶する一切の業務を目的として資本総額一万円とする有限会社東亞紙器工業所を創立し、本店を原告自宅原告を代表取締役、被告中村富三郎訴外野崎を取締役、被告太田垣徳次郎を監査役と定めて昭和十九年六月十日設立登記を経由し、原告が業務執行者として右会社の事業経営に当つたことは本件各当事者間に爭がない。原告本人の供述に依り眞正に成立したことが認められる甲第一号証及び成立に爭がない同第七、第八号証証人吉岡貞二の証言、同平岡孝太郎の第一、二回証言並びに原告本人の供述に依れば、昭和十九年実施された政府の整理要綱に依れば年間五万封度の生産実績を有する業者のみ残存し、これに達しない業者の廃業を余儀なくされたところ、右有限会社社員四名の内被告太田垣のみが右基準実績を有し、他の三名はいづれもこれに達しなかつたが当時原告の男子三人が應召していた事情を斟酌され、特に右実績保有者として残存を認められたが轉廃業者被告中村及び訴外野崎の各実績をも加算しての右有限会社が前記統制組合に加入することに他の組合員が反対し紛議をかもしたところ同年七月十三日右統制組合が前記社員四名の各実績を加算しての右会社の事業継続を承認すると共に、他の一般業者に対する統制の都合上右会社の代表である原告個人名義で会社の実績を以て組合に加入させることとし、表面上右会社の加入を認めなかつたことが認定できる。被告等の立証を以ては右認定を動かし得ない。原告は原告個人名義で前記奈良縣紙器統制組合より配給を受ける原材料品は監査役の承認を得て前記有限会社に引渡すまでは原告個人の所有であるところ、昭和二十一年十一月十八日原告が個人として右組合より割当てられた白ボール紙七十三束を其の代金の内金六千三百円を支拂つて買取り、右会社へ提供するまで自己所有として保管中同年十二月三日被告両名が私力を以て原告の意思に反し右物件を侵奪したから所有権に基いて被告両名に対し右物件の引渡並びに引渡不能のときの將來の給付として右物件の時價金九万九千四百二十円相当の損害賠償を求める旨主張し、被告両名は右物件は前記有限会社の所有である旨抗爭するから、原告主張の当否を按ずるに前示甲第一第七号証に依れば原告が個人として其の主張の日時板紙白ボール紙七十三束を代金一万九千五百円で前記組合より買取つたことを認むべきやうであるけれども、前段認定の各証拠殊に証人平岡孝太郎の証言及び原告本人の供述に依れば、前記組合が前記有限会社の事業に対する原材料の割当として前記認定の事情に依り右会社代表者たる原告個人名義に賣渡し、原告も亦右会社を代表する意思を以て右物件を前記組合より買受けたことが認められるから、前示甲号各証は勿論原告その余の立証に依るも右物件につき前記組合及び原告個人間の賣買成立を肯定することができない。從つて叙上認定に依れば原告が右組合より右白ボール紙を買受けると同時に其の所有権は右会社に帰属するものというべきであり、たとえ右有限会社以外の第三者に対する関係において賣買契約締結の当事者である原告が其の目的物の所有権を以て対抗できると解するも、なお右賣買につき利害関係を有する同会社の社員である被告両名は斯のやうな場合における第三者に該当しないことは有限会社法第二十九條の法意に鑑みるも容易に知り得るから、原告が右物件につき自己所有権を以て被告両名に対抗し得ることを前提とする原告の第一次的請求は爾余の判断をするまでもなく其の理由のないことが明かである。次に原告は第二次的請求として、原告が訴外有限会社東亞紙器工業所の代表取締役として定款の規定に從い同会社所有の右白ボール紙七十三束を占有保管中、昭和二十一年十二月三日被告両名が私力を以て右物件を侵奪したから占有権に基いて被告両名に対し連帶して右物件の引渡並びに損害賠償を求める旨主張するから、按ずるに原告主張の占有権も亦原告が法人である前記会社の機関として享有行使する権利であり、占有権そのものは同会社に属するものであることは原告の自から主張するところによつて明かである。会社の取締役として職責上有する財産上の権利保護を裁判上請求するには商法第三十八條第一項第七百十三條第一項のような特別規定のない限り、会社を離れて取締役が個人の名において訴訟を追行する当事者適格を有しないことは疑を容れない。又原告が取締役として有する会社の業務執行権は民法委任契約の規定に從うべきもので、其の性質上同法第四百二十三條の債権者代位の規定により保全せらるべき取締役の個人的な財産上の権利でないことは勿論社員の固有権でもないから、代表取締役原告が右会社を代位して右占有権を裁判上被告等に対し行使し得ないものと解すべきである。このことは原告の主張するように法律上不成立を認めらるべき瑕疵ある役員改選の決議が社員総会において形式上成立し、これがために実体上代表取締役たる地位を失わない。原告が右会社を代表して訴訟を提起することが事実上因難を來たすことあるときでも其の理を異にするものではない。果してそうであるならば原告の右二次的請求も亦爾余の点につき判断をするまでもなく到底失当たるを免れない。

仍て原告の本訴請求を棄却すべきものとし民事訴訟法第八十九條を適用して主文の通り判決する。

(裁判官 南新一)

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